身内に病人がいる。愛しのマイグランパだ。実家の方の病院に入院してるのだが、まあ、年が年だけに仕方がない。あたしが生まれたての頃など、バイクの荷カゴにあたしを詰めて、そりゃー、イロイロとドライブに連れていっていただいたモノだ。老年入り口の頃の彼は、カクシャクとしてて紫煙と黒い噂の絶えないイカしたジジイだったが、寄る年波には勝てずとうとう入院の憂き目、ベッドの上で余生を消費する身となった。
 もっともただただベッドの上で寝ているワケではなく、看護婦を怒鳴りつけたり、聞こえないフリをしたり、自ら点滴を外したりと、いつ何時医療ミスを犯されても文句が言えないようなその入院態度は、さすがマイグランパ!と孫として感慨も一塩だ。正味の話、本当に病気なのだろうかと疑いすら沸いてくる。
 しかし、担当医の言葉を借りるなら「自然に任せるか機械に頼るかの選択をする時期」に差し掛かっているのだから、退っ引きならない状態なのは間違いないだろう。
 ちなみに、本日もそんなグランパの見舞いに行って来たのだが、本日はお茶が熱いことでご立腹なされていて、あたしより年下に見える看護婦さんはタイヘン辟易していた。
「こんな熱いお茶が飲めるかー!」
まるで雷のような一言で、見ず知らずのお嬢さんを威嚇する様はまさに在りし日のグランパを彷彿とさせる。しかし、熱かろうが冷たかろうがお茶に限らずほとんどの食べ物を受け付けない彼にとって、その一言はつまりはままならない自分への苛立ちというか、そういう意味ではハラが減ったので泣く赤子のようなモノだが、ただ赤子と違って意識はしっかりしていて、今まで普通だったモノを突然取り上げられたようなモノなのだろうから、その苛立ちは、想像こそすれ、理解は難しい。
 ところで、本日のグランパの昼食はアイス5口というものだった。粗食にも程があろうというものだが、「食べたくない!」と言い、頑としてきかないので仕方がない。コレでそのアイスがハーゲンダッツでなければ、あたしも無力感や悲壮感やら寂寥感やらそういった類の感慨を相当に抱きつつ看護に当たれるのだが、冷凍庫の中に整然と並ぶハーゲンダッツバニラには、羨ましさこそあれ、やるせなさは感じられない。誠に遺憾ではあるのだが。
 打ち明けるなら、そんなハーゲンダッツバニラ群、一つくらい頂いてもわからないだろうと思うのだが、以前バニラが売り切れだった折り、リッチミルクを差し出したら、蓋を開けるなりその違いを見分け、
「オレはバニラ以外食わねー」
と大宣言をなさったので、きっと寝ている時ですらバニラの匂いはかぎ分けるだろう。なまじ一日ベッドにいるものだからその目覚めの早さと言ったらあたしの理解の範疇を越える。そんなわけなのであたしは冷凍庫の中に整然と並ぶハーゲンダッツ達を触れるマボロシ程度に思うようにしている。
 我がグランパにしか食せないマボロシのハーゲンダッツ。父親とあたしの区別は付かなくても、バニラとリッチミルクの違いを嗅ぎ分ける愛しのマイグランパ。ハーゲンダッツバニラで動く機械みたいだが、そんなになってもやはり生きていてほしいと、切にそう感じるのだ。
 
 
───グランパのハーゲンダッツ
 

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