癒しとか救済とか

2002年4月12日
 なんとかの法則というのがある。
 これは別に「なんとか」の法則ではなく、ただ単にあたしのポンコツな脳ミソがそれの名前をど忘れしてしまったから便宜上「なんとかの法則」と言わせていただいたワケなので、たしか「なんとか」にはカタカナで人の名前のようなものが入った様な気がする。
 別名は「1:何:何の法則」とも言ったような気がするが、当然の事ながらこの「何」もホントに「何」と言うわけではなくいくらかの数字が入ったハズである。
 どうにも「たしか」とか「ハズ」とか「気がする」とか。不確からしく、不審なことこの上ないが、あたしの脳ミソにはその法則が記憶されているのである。気のせいでもハズでもなくて大変確かなコトだ。
 しかし、ただただこうして「覚えていますー」と言ったところでその実が伴わなければ知らないも同然。「なんとかの法則」は実に「なんとかの法則」で終わりを迎えてしまうので、あたしが覚えている範囲で、その「なんとかの法則」についてのありがたいお話をしてみようと思う。
 そもそも、この法則どこの誰が言ったかは知らないが、はじめに口走った方は相当気が長いか徳が高に違いないと思わせるほどに慈愛に満ちているというか、お優しい言葉だ。
 上で「1:何:何の法則」とも言うなんて書いたが、その「1:何:何」は物事の比率を表していて、例えば誰かが思いも寄らぬ、しかも重大な失敗を犯したときでも
「キミが犯した間違いは、すごい数の小事とそこそこの数の中事とひとつの大事によって引き起こされているので、何もキミだけに責任があるわけではないよ」
と。そう言って慰めてくれるらしい言葉なのだ。邪推をすれば、「所詮個人の影響力なんて大したことはないのだ」的発言にとれなくもないがソコはソレ。弱っているときにこんな甘いこと言われたら、そりゃーもうウレシイに違いない。救われちゃうに違いない。次からカンバッちゃうに違いない。そうやって人間はイロイロ助けられちゃうに違いないのだ。
 あたしがこの言葉を知ったときもそりゃー救われた。
「いやー、たすかりましたー」
と思った。
「だってワルいのあたしだけじゃないモン」
そう言って良いような気がしたのだ。そして事実そう口走った。まあ、結果どうなったかなんて敢えて書きはしないが、この言葉かなり有用だ。人生にとって大いなる救いや助けになるだろう。
 まあ、問題があるとすれば、この言葉を常用し始めた時なのだが、そうなったときはすでに遅いので「ワルいのは自分だけじゃない」と、そう言ってあきらめるが吉である。
 
 
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