歯医者 その3
2002年1月9日洗濯機のことを考えていた。
時に二層式だったり、時に全自動だったり、最近だと乾燥までやってしまう彼のことだ。洗剤入れてグルグル回す、ただそれだけで衣類はピカピカのシワシワ。パンツもTシャツも中にはクツやカツラ、キーボードまでピカピカにしてる働き者もいる。風邪のウワサやTVCMでは洗剤いらずやシワシワにならないヤツまでいると聞く。
とにかくそんな洗濯機さんだが、その名の通り洗濯するための機械だ。選択するための機会じゃない。チョイスのチャンスではなくウォッシャブルマシーン洗濯機。
そんな彼がばびんと世に出てから数十年。その進歩の速度はすさまじいモノだ。ハツカネズミさえしっぽを巻いて逃げ出すに違いない。それほどの速度。その進歩の影で、ハツカネズミが大量に逃げ出すその横で、実はもうひとりふたりこそりと逃げだそうとしているヤツがいた。
そいつらの名は脱水と乾燥。正確には「脱水」「乾燥」という言葉。何しろ洗濯機のこれほどまでの進歩。きっと奴らにも予想はつかなかっただろうに。あたし達が無遠慮に「洗濯、洗濯」と言うその言葉の中にチラチラとちらつく洗濯機の影。洗濯=洗濯機。洗濯は洗濯機でするモノなのだから、それは仕方ないとしても、しかし。
こうまで洗濯機がイロイロできるようになってしまっては、洗濯という言葉の持つ洗濯的作業内容は、今まさに脱水と乾燥を内包したのだ。
ヤツラはオロオロしてるに違いない。
「オレらは洗濯じゃねぇんだ。脱水なんだ!乾燥なんだ!」
そういって自己のアイデンティティを保つのにきっと躍起になっている。
これは「洗濯」にとっても人ごとではなかった。これだけ洗濯機が台頭してきてしまっては、きっと洗濯の意味すら改竄されてしまう。もしかしたら!?という危機感が「洗濯」にも訪れている。
そして、それは渦中の洗濯機の言葉によってよりリアルなモノになるのだ。
「おまえ達なんてまとめて洗濯機だ。そのうちみんな『さぁ、洗濯機でもするかなー』と言うようになるに違いないのだ!」と。
時代はもはや洗濯機の天下。彼は自身が持つに至った意味の深さや目の前で必死にプライドにすがりつこうとする言葉達を見ながら我が世の春を感じているのだろう。いやそうに違いないのだ。
そんな洗濯機のことを一生懸命考えていた。
つまり現実逃避の一環として、ギュリギュリと歯を削られる現実からの逃避の一環として洗濯機のことを思ったりしていたとあたしは言っているのだが。
だって、グルグル回る円筒形の物体はただのレントゲンだったし、先生の胸だって我を失うほど大きくはなかったんだもの。
そんな桜井シイタマンのウェブサイトはコチラ→http://cta.wnj11.jp/sweb/
時に二層式だったり、時に全自動だったり、最近だと乾燥までやってしまう彼のことだ。洗剤入れてグルグル回す、ただそれだけで衣類はピカピカのシワシワ。パンツもTシャツも中にはクツやカツラ、キーボードまでピカピカにしてる働き者もいる。風邪のウワサやTVCMでは洗剤いらずやシワシワにならないヤツまでいると聞く。
とにかくそんな洗濯機さんだが、その名の通り洗濯するための機械だ。選択するための機会じゃない。チョイスのチャンスではなくウォッシャブルマシーン洗濯機。
そんな彼がばびんと世に出てから数十年。その進歩の速度はすさまじいモノだ。ハツカネズミさえしっぽを巻いて逃げ出すに違いない。それほどの速度。その進歩の影で、ハツカネズミが大量に逃げ出すその横で、実はもうひとりふたりこそりと逃げだそうとしているヤツがいた。
そいつらの名は脱水と乾燥。正確には「脱水」「乾燥」という言葉。何しろ洗濯機のこれほどまでの進歩。きっと奴らにも予想はつかなかっただろうに。あたし達が無遠慮に「洗濯、洗濯」と言うその言葉の中にチラチラとちらつく洗濯機の影。洗濯=洗濯機。洗濯は洗濯機でするモノなのだから、それは仕方ないとしても、しかし。
こうまで洗濯機がイロイロできるようになってしまっては、洗濯という言葉の持つ洗濯的作業内容は、今まさに脱水と乾燥を内包したのだ。
ヤツラはオロオロしてるに違いない。
「オレらは洗濯じゃねぇんだ。脱水なんだ!乾燥なんだ!」
そういって自己のアイデンティティを保つのにきっと躍起になっている。
これは「洗濯」にとっても人ごとではなかった。これだけ洗濯機が台頭してきてしまっては、きっと洗濯の意味すら改竄されてしまう。もしかしたら!?という危機感が「洗濯」にも訪れている。
そして、それは渦中の洗濯機の言葉によってよりリアルなモノになるのだ。
「おまえ達なんてまとめて洗濯機だ。そのうちみんな『さぁ、洗濯機でもするかなー』と言うようになるに違いないのだ!」と。
時代はもはや洗濯機の天下。彼は自身が持つに至った意味の深さや目の前で必死にプライドにすがりつこうとする言葉達を見ながら我が世の春を感じているのだろう。いやそうに違いないのだ。
そんな洗濯機のことを一生懸命考えていた。
つまり現実逃避の一環として、ギュリギュリと歯を削られる現実からの逃避の一環として洗濯機のことを思ったりしていたとあたしは言っているのだが。
だって、グルグル回る円筒形の物体はただのレントゲンだったし、先生の胸だって我を失うほど大きくはなかったんだもの。
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