果物茂木
2001年9月28日 駅前商店街には果物茂木という店がある。
文字通り果物屋さんだ。
何年そこで営業しているのかは定かではないが、あたしが東京に住み始めて数年、近くにできたスーパーの圧力で半崩壊の商店街にあってそれでも変わらず営業を続けている。
軒先からのぞく風景は年季の入った壁に年季の入った雛壇、そして年季の入ったオヤジとまさに年季づくし。どれもこれもが愛おしいくらいの歴史を重ね、それなりに偏屈になり、そしてそれなりに弱ってきている。
なかでもオヤジの遠耳には恐れ入るほどで、あたし自身「彼は商売してはいけないのではないか?」と何度も疑ったものだが、どんな魔法を使っているのか日々店の軒先には新鮮な果物が並んでいる。
そんな果物茂木だが、その店には独特の決まりがあった。それは果物茂木の商品のラインナップについてなのだが、四季折々様々な果物が店先を賑わす果物屋にあって、果物茂木だけは一年間ずっと同じラインナップでガンバッている。旬などクソくらえの精神で一年間オヤジのおすすめ果物ばかりを店に取りそろえておいているのだ。
なかでもオヤジの一番推しは「本加工バナナ」である。
常に店の軒先、雛壇の最前列に陳列されているそれは、商品名も油性マジックの大きな文字で「本加工バナナ」と書かれ、その下にさらに大きな文字で「おいしい」と書かれている。字の大きさだけみるのなら間違いなく「おいしい」が商品名だと思えるくらいの比率である。
しかし極めつけは、その本加工バナナの隣に並ぶ「スーパー加工バナナ」だろう。何しろ「おいしい」とでかでかと書かれた「本加工バナナ」に比べ、コチラには商品名の下に「スーパーで安売りしている」と書かれているだけで、味についてはいっさい言及されていない。
しかも「おいしい」の隣にである。
これはまいった。
「敢えて語りはせんが、判るだろうよ」
そんなオヤジの主張が一目瞭然だ。本加工バナナは美味いが、スーパー加工バナナはスーパーでの安売り品なのだ。
店先に並んでいる二種類のバナナ。オヤジに問い合わせてみれば仕入れの数は同じらしい。朝方見てみれば二つの黄色い山は確かに同じ大きさをしている。
そして、店の終わりに寄ってみれば必ずといっていいほど本加工バナナが売れ残っている。店の奥ではイスに腰掛けたオヤジがじっと店先を見つめていて、100円ほど高めに設定された「おいしい」は少しだけ黒ずんでいるのだ。
しかし、オヤジは明日も明後日も同じ量のバナナを仕入れるだろう。「おいしい」と書かれた自信満々の看板を掲げて、それなりに偏屈で、それなりに弱ったオヤジは、明日もかくしゃくと果物を売るのである。
文字通り果物屋さんだ。
何年そこで営業しているのかは定かではないが、あたしが東京に住み始めて数年、近くにできたスーパーの圧力で半崩壊の商店街にあってそれでも変わらず営業を続けている。
軒先からのぞく風景は年季の入った壁に年季の入った雛壇、そして年季の入ったオヤジとまさに年季づくし。どれもこれもが愛おしいくらいの歴史を重ね、それなりに偏屈になり、そしてそれなりに弱ってきている。
なかでもオヤジの遠耳には恐れ入るほどで、あたし自身「彼は商売してはいけないのではないか?」と何度も疑ったものだが、どんな魔法を使っているのか日々店の軒先には新鮮な果物が並んでいる。
そんな果物茂木だが、その店には独特の決まりがあった。それは果物茂木の商品のラインナップについてなのだが、四季折々様々な果物が店先を賑わす果物屋にあって、果物茂木だけは一年間ずっと同じラインナップでガンバッている。旬などクソくらえの精神で一年間オヤジのおすすめ果物ばかりを店に取りそろえておいているのだ。
なかでもオヤジの一番推しは「本加工バナナ」である。
常に店の軒先、雛壇の最前列に陳列されているそれは、商品名も油性マジックの大きな文字で「本加工バナナ」と書かれ、その下にさらに大きな文字で「おいしい」と書かれている。字の大きさだけみるのなら間違いなく「おいしい」が商品名だと思えるくらいの比率である。
しかし極めつけは、その本加工バナナの隣に並ぶ「スーパー加工バナナ」だろう。何しろ「おいしい」とでかでかと書かれた「本加工バナナ」に比べ、コチラには商品名の下に「スーパーで安売りしている」と書かれているだけで、味についてはいっさい言及されていない。
しかも「おいしい」の隣にである。
これはまいった。
「敢えて語りはせんが、判るだろうよ」
そんなオヤジの主張が一目瞭然だ。本加工バナナは美味いが、スーパー加工バナナはスーパーでの安売り品なのだ。
店先に並んでいる二種類のバナナ。オヤジに問い合わせてみれば仕入れの数は同じらしい。朝方見てみれば二つの黄色い山は確かに同じ大きさをしている。
そして、店の終わりに寄ってみれば必ずといっていいほど本加工バナナが売れ残っている。店の奥ではイスに腰掛けたオヤジがじっと店先を見つめていて、100円ほど高めに設定された「おいしい」は少しだけ黒ずんでいるのだ。
しかし、オヤジは明日も明後日も同じ量のバナナを仕入れるだろう。「おいしい」と書かれた自信満々の看板を掲げて、それなりに偏屈で、それなりに弱ったオヤジは、明日もかくしゃくと果物を売るのである。
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