最近、みごとに生活時間帯が逆転した。だいたい午後4時とかに起きるのだが、別にヘコんでもないし、社会から切り離されたなんてぜんぜん思ってない。むしろ社会の方があたしから切り離されてるんだろうくらいのイキオイだ。と、こんなコトを言うとき主観って偉大だなと思う。
 ところで、つい先日のコト。今まで音信不通になっていたフクヤケイスケ改めモトハシジュンタと連絡がついた。あまりに嬉しいので本名を出してしまうが、モトハシジュンタだ。
 ヤツはたいへんなオシャレさんで、当時思春期真っ盛りのあたしにDKNYがダナキャラン ニューヨークの略だと教えてくれたり、あたしに服の着こなしを教えてくれたりとそれはそれは重宝したし、そのおかげでヤツとあたしは二人していろいろなコトをしたものだ。
 そして、そのモトハシだが、ヤツは知り合った当時から将来はファッションデザイナーになりたい。と言っていた。自己紹介の時も名前よりも先に夢を語りだした辺り相当なモノだったのだが、しかし、実に良いユメだと思った。ただ、問題が一つだけあった。それはヤツにもう一つ大きなユメがあって、その夢が大陸、つまり中国を歩きまわりたいという夢だったということだ。
 大陸とデザイナー。今でこそ、どっちかを先にやって、どっちかはあとからゆっくり実現させればいい。そう思うだろうが、しかし、生き急ぐ思春期のあたし達にとってどっちかを先送りにするなんて考えられなかったのだ。だから、ヤツはいつもその二つの間で悩んでいたし、唸ってもいた。
 しかし、或る日ヤツはハジけたのだ。気付いたのではない。まるでハジけたとしか言いようのない様をあたしに見せつけた。
「オレ、良い方法思いついたよ。中国に行ってデザイナーになる。その名もモトハシ北京。DKNYとかミチコロンドンみたいでカッコ良くない?」
 当時のあたしには、その後のヤツが大陸に渡ったとか、デザイナーになったとか、それを知る術はなかったし、ましてや、あの日「冷静になれよ」なんて言ってやれるハズも無かったのだが、しかし、昨日かかってきた電話から聞こえてきた懐かしい声にはわずかに広東語が混じり、ヤツがどうにかして大陸についたことを伝えていた。
 北京語じゃないあたり、まだまだ目的の場所にはついていないのだろうが、変わらずゲンキであると報告をくれたヤツは、その後連絡先も告げずに電話を切ってしまった。
 図らずも再び音信不通。
 モトハシ北京は、今も中国のどこかをうろついている。


ヤツはあたしのこと嫌いなんじゃないだろうか?と密かに心配している桜井シイタさんのウェブサイトはコチラ→リンク

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